【散文】大根、中央線、夕日、鎌倉、そして大根

大根、中央線、夕日、鎌倉、そして大根

コンチクショーって思ったらさあ、大根抜けよ大根!

あのなあ、お前俺が何年中央線乗ってると思ってんだ? 14年だぞ、14年。赤ん坊が立派にたわけた口きくガキになる年数だよ。それを毎日2回、1年に264日で1037回だぞ? それでお前よ、聞けば実家に帰ったって、畑の向こうに落ちる真っ赤な夕日見て涙の1つも出ねえっていうじゃねえか!?まったく世も末だよ。

俺なんざ人間が素朴だから、おととし鎌倉の海岸で拾った千円札、交番まで届けたってのによ。忘れもしない、神奈川県警鎌倉署長谷交番だよ。それで、そこの巡査殿がなんて言ったと思う?

「今年の紅白、石川さゆりは何歌いますかねえ?」だとよ。このやろう、人を食うのも大概にしろってんだ。俺は、さあな、110番かけて聞いてみなって言ってやったね。

それで俺は、交番を出るとタバコが吸いたくなったんで、また海岸に戻ったんだ。だけど、俺は生まれてこのかたタバコなんて吸ったことないって思い出してね、途方に暮れてたら、波打ち際に大根が3本生えてやんの。ウソじゃねえよ、俺はこの……ほら、お前見てみろよ、俺のこのまん丸の眼をよ。このデコ助が。……そう、このまん丸の眼でしっかり見たんだ。それで、俺は靴下とズボンを脱ぎ捨てて走ったね。それで力の限りその大根を抜いたんだ。そりゃエライ大根でね、腰は抜けそうだし、まん丸の眼からはこれまでないってくらい塩辛い涙が溢れて、なんだか俺は俺じゃなくなっちまったみたいだと思ったよ。

どうだい、俺の話は遠回りしたようでも、ちゃーんと元に戻ってくるんだよ。おい、そこの坊や、感心してねえでとっとと仕事しな。