本格野球小説 Me And Mr.OCHIAI その1

Chapter1 トリプルクラウンの予言

 

「手が先だって言ってんの。そもそも手が出なきゃ、バットが球に当たるわけないだろ。手が出りゃ腰はあとから付いて来んだよ」落合博満は、その日23回目のまったく同じセリフを僕に発した。「お前のはこうじゃん」

トレードマークの長いノックバットを使い、僕のフォームを正確に、かつ滑稽に再現しながら、落合は言った。

 

「すみません、僕って手より先に口が出るタイプでして」僕は、バットを置いてそう言い訳した。疲労と退屈と不満が僕を支配し、子供の頃からの癖そのままに口が勝手に動き始めた。「いえ、まあ、その、それは冗談としてですね、やっぱり手が先なんて無理ですよ。僕は昔から体のカベを作れ、手は最後だーーこう言われてきたんです。小学校の亀戸ファイターズの頃から、そう言われてきたんです。だから、どうしたってまず腰が回って、肩、最後に手ですよ。さもなきゃ上体が前に突っ込んじゃいます」ここまで一気に喋り、僕は息をついた。

「はあ」落合はいつもの通り、地面方向右60度の角度に向かって、諦めたような、呆れたようなため息を吐いた。「いいか、1回しか言わないからよく聞け」そう言うと落合は、頭を上げ、まっすぐ僕を見据えてこう続けた。

「お前は明日の試合、第2打席でホームランを打つ。カウント2エンド1からの4球目。球種はチェンジアップ。外角高めのストライクゾーンに甘く入る。お前はそれをスイングする。右方向に流した打球が、浜風に乗ってライトスタンドの前席に入る」
「はい?」
「覚えただろ。じゃあもう今日はいいよ。風呂入って寝ろ」

 

それだけ言い残すと、落合はトレードマークの長いノックバットを手に下げ、練習場の金網の出口へと歩いていった。そのスタジアムジャンパーの背中に描かれた竜が、遠ざかりながら僕をせせら笑うように見ていた。

 

つづく