新宿 スバルビル解体でどうなる「新宿の目」

新宿スバルビル地下のマクドナルドが閉店してしまったことに今更気が付いた。調べてみるとスバルビル自体が解体になるらしい。

あそこのマックでコーヒーを飲んで一息ついてからブックファーストへ行く(あるいはその逆)、という僕にとってのささやかな「黄金ルート」を失ってしまった。

すぐ近くに別のマックやドトールはないし、コクーンタワーの中にタリーズがあるようだけど、タリーズはちょっと高いので敬遠してしまう。

「黄金ルート」の代替は効かなそうで残念だ。

そもそも「スバルビル」という響き自体がなんともいえない良い雰囲気をもっている。やっぱり残念だ。

しかしそれ以上に大変な問題がある。スバルビルが解体されてしまうということは、「新宿の目」がどうなってしまうのか、ということだ。

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東京近辺の方には説明不要だと思うが、「新宿の目」はスバルビル地下の壁面にはめ込まれている、巨大な片目を模した、いわゆるパブリックアート作品である。

新宿西口地下広場から、高層ビル街方面に向かう通路の曲がり角に面して設置されている。

目は透明で色付きのアクリル素材でできている。その内側からは光が照らされ、さらに瞳孔にあたる部分の中はぐるぐると回転している。

その第一印象の多くは間違いなく「怖い」だろう。西口地下の空間が全体として薄暗く天井が低いのと、目の周りの壁面がマットなブラックにペイントされているのも効いている。

作者は宮下芳子氏。そして制作年は1969年!なるほどいかにも1960年代っぽい、と思う。

僕は、新宿という街の「目」が地下にあるというアイディアはとても面白いと思う。

地上の新宿といえば歌舞伎町とか超高層ビルだったりするが、その「目」は地下にあって、いつでも大きく見開き、ギロギロと瞳孔を回転させている。

そして目の前を行き交うサラリーマンその他多くの人間を、瞬きもせず見つめている様ははっきりいって威嚇的ですらある。

こんなパブリックアートは、現代にあっては間違いなく提案段階で却下されるだろう。

奇跡的にそこを通過しても、公表段階で「市民」から「怖い」「不気味」「街のシンボルとしてふさわしくない」などと叩かれて計画修正を余儀なくされるだろう。

「新宿の目」は二度と実現不可能なのだ。

少し話を広げると、新宿西口の一帯はおそらくもう何十年と大規模な再開発がされていない。

西口の空間的なもっとも大きな特徴は、あの地上から地下にぐるっと潜りこむ、左右対のスロープで繋がれた地上地下の2層構造だろう。

(僕は車に乗らないので残念ながら利用したことはないのだが、地下通路のさらに下は駐車場になっている。)

地上には小田急と京王のデパートが高さを揃えて連なっている。デパートの正面はロータリーになっていて、真ん中の緑地帯に地下の換気用らしき巨大な排気塔が何本か立っている。

この特徴的な新宿西口広場の設計は坂倉準三の手によるという。竣工は1966年。

地上の小田急百貨店の開店は1962年。京王は1964年で、どちらの建物も当時から変わらない。ちなみに小田急百貨店も坂倉事務所の設計らしい。

あの小田急ファサードは時代を感じさせるものの、美しい造形だと思う。

地下にしても、60年代終わりの「新宿フォークゲリラ」の写真なんかを見ると、当時と基本的な雰囲気はほとんど変わっていないようだ。

床の、円を描いたタイル模様が当時からのものであることがわかる。

ほとんど休みなしに工事が繰り返されている新宿駅にあって、この西口広場一帯の空間だけは不思議なほど変わらない。

坂倉の基本設計がよほど優秀だったということだろうか、と思ってしまう。

仮に「新宿の目」が取り壊され、あの一角が別の何かに変わるというようなことになれば、西口広場にとっては大きな変化といっていいかもしれない。

どういったわけか、僕は小さな頃からあの西口広場の雰囲気には特別惹かれ続けている。

先にもあげた、床を装飾する円状の白黒タイル模様も「目」と呼応しているようで怪しげな魅力がある。

やたらと低い天井から幾つも下がる、黒地に黄文字でズラズラとビル名が書かれた案内板も絶対怪しい。

地下の壁面は素材感のある、現代的センスでは考えられない妙な色合いのタイルが貼られている。

地上に突き出している巨大な換気口の円筒の表面は、地下のタイルと同じものが貼られているが、

ほとんどが厚いツタに覆われている。その姿はほとんど恐怖を感じさせる。

地下広場の南側に位置するイベントスペースはひときわ天井が低く、ここでは古書市や「矯正展」(刑務所作業製品の販売)といった、

やはりなんとなくあの独特の空間と呼応するようなイベントが開かれている。

変わらないように見える西口広場にも、変化している面はある。

まず、昔は地下にホームレスの家がたくさんあったのを覚えている。彼らは90年代の後半にここから徹底的に追放されてしまった。

それから、あそこにはポツンと立って詩集を売っている人がいつもいたが、見かけなくなったのはいつからだろう。(この方についてはネットでいくらかの情報を得ることができた)

地上のロータリーの歩道には靴磨きのおじさんが何人かいた気がする。

あの路上で靴を磨くおじさんと、台の上に片足を乗せるサラリーマン、という光景もいつの頃からか、新宿のみならず東京ではほとんど目にしなくなってしまった。

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話はさらに脱線するけど、僕の子供時代には駅の改札はまだ有人で、途中から自動改札に変わった。駅員さんの手元にある袋に切符が山のように溜まっているのを興味深々に見たのを覚えている。

改札の近くには黒板があって、「〇〇(人名)、先に行く」などと書きなぐってあった。新宿あたりの街にいくと、電柱なんかに必ず右翼のビラが貼ってあった。あれも見なくなって久しい。

先のホームレスなどの事も合わせて、都市空間が「整理」「浄化」されきっていない時代をかろうじて目にしていたのだな、と思う。

新宿西口について書き始めると止まらないし、いろいろなことを思い出すが、それにしても「新宿の目」、どうなるのだろうか。

(2018.11の雑記に加筆)