2019年2月28日

2月が終わった。僕は仕事を終えて、湘南新宿ラインの電車に乗っている。大崎、恵比寿、渋谷。夕方の車内は混んでいて、なんだ、意外とみんな定時で帰ってるんじゃないか、と思う。

この頃では日がだいぶ延びて、17:30頃でもまだ薄明るいくらいになったが、今日は朝から雨が降りどおしのために、外はもう暗いうえ、車窓は結露で曇っているので、外にはビルの窓の青白い光や、赤いブレーキランプの光が次々通りすぎていくのがぼんやり滲んで見えるだけだ。

2月が終わると、3月になる。当たり前のことだ。3月になると、風は明らかに春っぽい風になる。春っぽい風は、例え冷たくとも吹き方が違うとも思うし、冷たさも冬風の貫くような寒さとは違うと思う。

10年前、芸大の実技試験の最終日を終えた僕は、疲れと解放感の両方を感じながら、画材を積めたキャリーカートを引いて上野公園をぶらぶらしていた。それまで上野公園をしっかりぶらぶらしたことはなかった。たしか午後の3時頃で、公園はあまり人気もなかった。すれ違う人もほとんどいないままゴロゴロとキャリーカートを引いて歩いていると、まだ葉もなく、色彩に欠けた木立の中に、野口英世のブロンズ像が立っている。僕はガラケーのカメラで野口英世の姿を写真に収めた。

というわけで、僕は2月も終わりに差し掛かるころになるたび、上野公園と野口英世像のことを思い出すことになる。受験生としての生活は、前の年の夏からずっと続いていたはずなのに、何故か思い出すのは冬の間ずっと続いた差すような寒さと、人気のない上野公園で味わった寒さ混じりの生暖かさばかりだ。

新宿で湘南新宿ラインの電車を降りると、バスタ新宿側の出口から出る。甲州街道を挟んで向こう側のルミネの、さらに向こうに見えるコクーンタワーの先っぽは雨に煙っている。僕はコートのポケットからスマホを出して、それを撮る。画面の中を目の前を通りすぎる人が横切っていく。交差点には吹き寄せられたように、あるいは窪みに水がたまるように、傘を指した人たちがたまっている。交差点の手前で止まったタクシーの前で、男女が話している。女が何かを聞くと、男が、

「俺が手挙げてたの。俺が乗るの」

と言う。女はなにか言い返している。タクシーのドアが開き、若い女がまったく無関係といった態度で降りてきた。男と話していた女は、諦めたように交差点の人混みの中に歩き去っていった。僕には状況がよくわからない。とにかく、若い女と入れ代わりに男が車に乗り込んだ。僕は事情を推測するのを諦めて、交差点の人混みの中に入っていく。傘を持っていない僕は、何人もの肩の間をすり抜けて、最前列に進んだ。弱い雨が落ちる車道を、車がヘッドライトをぎらぎら光らせて走り去っていく。

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