「自腹を切る」の語源について

自分で費用を支払うことを「自腹を切る」と言います。己の財布から金を出すたび「俺は切腹の覚悟でそれを果たしたのだ」と吹聴するほど、我々日本人の経済感覚は悲壮で抜き差しならぬ精神に立脚しておるわけで、これでは波乗りにも喩えられるダイナミックなグローバル金融市場への適応に手こずるのも当然だと言いたくなります。

ところが、改めて調べてみたところ、自腹を切るという言葉の語源は必ずしもいわゆるハラキリではなく、「腹」は「懐(ふところ)」のことであり、また「切る」は「啖呵を切る」などのように単に「際立った動作をする意」だということがわかりました。

また、「自腹を切る」とほぼ同じ意味の言葉として「身銭を切る」というのもありますが、この「身」も「腹」と同じく「懐(ふところ)」のことだそうです。

要するに、「自腹を切る」にせよ「身銭を切る」にせよスーサイドとは関係なく、上着の内ポケットからエイヤッとお金を取り出す動作を示しているのに過ぎなかったのです。言うまでもなく、先述したグローバル金融云々の仮説もまったく的はずれというわけです。

下手な落語の枕みたいな感じになってきましたが、そもそも日常的には「自腹を切る」とフルで言うことはあまりなく、大抵は「自腹です」などと略してますよね。これだとハラキリ感は無く、むしろ「別腹」とかに近い語感です。なんの緊張感もありません。

とはいえ、勤め先から解雇されることを「クビ(=首を切られる)」と言い、またプラマイゼロにすることを「相殺する」、窓などが開閉しないように固定されていることを「はめ殺し」と言うように(別に「殺す」などと物騒な語をあてる必然性はどこにもない気がするんですが)、やはりどうも日本語には切った張ったを連想させる言葉が多いように思えます。

ちなみに「切った張った」の語源は「切りつけたり張り飛ばしたり」だそうです。ただ切って終わりではなく張り飛ばすというところに血なまぐさいリアリティを感じます。ああ怖い。

最後に、「自腹を切る」の語源を調べたWebページには、
「江戸時代から用いられる言葉で、どんな事情があるにせよ、出費は痛手であるし、まして喜んでするわけではないことから、武士の切腹、「腹を切る」との連想が働いているかもしれない」
とわざわざ補足がありました。妙に思いのこもった補足ですが、僕も同感です。深層心理っていうか心の底流っていうか、やっぱりありますってそういうのが。

参考サイト:
http://yain.jp/i/%E8%87%AA%E8%85%B9%E3%82%92%E5%88%87%E3%82%8B

https://imidas.jp/idiom/detail/X-05-X-32-3-0013.html

https://www.google.com/amp/s/www.weblio.jp/content/amp/%25E5%2588%2587%25E3%2581%25A3%25E3%2581%259F%25E5%25BC%25B5%25E3%2581%25A3%25E3%2581%259F